

場の作法を学ぼうとする態度と、自らの外部性を引き受ける態度の2人が、『コンヴィヴィアリティのための道具』の自立共生的な再構築を読んだ全5回。無課金のzoomで時間になると強制的にシャットアウトされながら、オンライン上で集まり読み合う。コンヴィヴィアリティを料理という技術を切り口に「一緒に料理をする」事で捉えるための読書会。
第一回は前章の二つの分水嶺を読み終わり、読書会での著者の解釈と共に、「産業的な部分(文化経済学的)」と「人文的な部分(文化人類学的)」からお互いの言葉を重ねていこうとする。 後半では、範疇を定める事で人以外のモノとも相互関係を意識しようとする。既存の農村地域のレイヤーから、特定の料理をする地域のレイヤーへと移ろうとしていく。
⚪︎話の見出し⚪︎
⅓
記録なし
⅔
入れましたね。心音さんの卒論を読んで、郷土料理にも、産業的な部分と人文的な部分があると思いました。対外的に説明するときに「郷土料理をつくっています」って言ったときの、いわゆる普通に考えたら産業的な部分での郷土料理みたいな話になるから、多分ずれてるんだろうなみたいなことを、もやもやしながらも、だからといって人文的な郷土料理と説明したとて、別に必要性がないので、そういう部分で郷土料理みたいなものの、言葉の使い方みたいなものが確かにあるなと思いながらしゃべろうとしました。
郷土料理を人文的に捉えると「料理そのもの」ではなく、人間関係、贈与、労働、季節、記憶、身体技法、家族関係などが組み合わさって成立する、人と土地の関係が料理を通して現れる現象と考えています。


※1 トビタケの天ぷら